転院

新生児室に通されると、生まれたばかりのたまちゃんは保育器の中で酸素吸入をうけていた。…何かあったのだろうか?先生の顔を見ると、ちょっと険しい顔をしている。
「実は…」
先生の話をまとめるとこんな感じ。
赤ちゃんはお腹から出てきて初めて呼吸をするのだけれど、その時に羊水を飲み込んでしまうことがある。普通は呼吸をしたときに吐き出してくれるものなのだが、羊水の粘質が高い場合それができないときがあるらしい。たまちゃんは、自分の肺の中に沢山の羊水を飲み込んでしまっていて それを上手に吐き出せないでいるようだ。保育器の中に入っても、小さく呼吸をしながら「ぶくぶく」とアブクを吐いている。時折、咳をしようとしているようだがそれもうまくできないみたい。チューブの吸引機で吸い出してあげても なかなか完全には吐き出せない。このまま何か重大な事態になったとしたら、小さな産院では対応できないかもしれない。NICU(新生児集中治療室)のある総合病院に転院させましょう、いますぐに!
…突然の事態に動揺しました。保育器の中で苦しそうにしている我が子を見ると、頭の中が真っ白になった。今思えば、生まれた時に大きな声を上げて泣かなかったのはこのためだったのだ。なんとしてもこの子を救ってあげなければ!
その後、先生は近郊の病院に緊急電話をしてくれました。しかし、5件、6件…。何件電話しても受け入れを拒否されてしまう。
「GWのために当直の医師の数がおらず、ベッドの余裕もないので…」
というのが大半の理由。何とか受け入れてくれる病院が見つかったのは約10件目。生後1時間30分にして初めての救急車に乗り、錦糸町の病院へ運ばれる事になった。

救急車で運ばれる直前に、分娩室で眠る妻にも知らされる。妻は起き上がり、点滴を打ちながらも新生児室へ。引き離されるのは かわいそうだが、仕方ない。数分後、5〜6人の救急隊員がやってきて保育器ごと救急車に搬送される。当然、自分も同乗し一路、転院先の病院へ向かう。不安そうな顔で一人立ち尽くす妻を残し、救急車は出発する。
救急車の中はかなりの揺れ!同じく同乗してくれた先生と看護婦さん、そして私は保育器が揺れないように必死で押さえる。保育器の中の息子は泣くこともなく、ただじっと眠っている。しばらく酸素吸入を続けてきたので さっきよりは苦しそうなそぶりは見せない。そして30分後、病院へ到着。すぐに NICUに運び込まれ、一人病院の廊下で待たされる。
 
…無限にも感じられる1時間の検査の結果、集中治療室の扉が開く。
 
担当の先生の診断の結果は、「新生児多呼吸」の疑いがあるとのこと。酸素を上手にとり込めないので、どうしても呼吸が早くなってしまう。羊水が肺に詰まっていればなおさらだ。これは、新生児にはよく見られる症状ではあるが、実のところ原因はよくわからない。羊水のほうは、救急車での搬送中に全て吐き出しているようなので心配はない。問題の多呼吸だが、殆どの場合は自然に呼吸ができるようになる。2週間ほど酸素吸入を続けて、徐々に普通の酸素量に慣れさせていきましょう。大丈夫、心配ありませんよ。…とのこと。
先生の「心配ない」という言葉を聞き、涙が流れた。一気に緊張の糸が切れたという感じ。ガラス越しに保育器の中で眠る我が子を確認する。…頑張れ!時計を見るとAM5:30をまわっている。早く妻に知らせてあげよう。
午後にNICUへ戻ってくる約束をして、錦糸町の駅に向かう。(救急車は帰ってしまい、産院の先生たちも同じく帰ってしまったため)。駅について気がついた。財布がない!
…慌てて手持ちの鞄の中をみると母子手帳入れの中に千円札。ナイス、妻!

早朝の電車に血だらけ(生まれてすぐに赤ちゃんを抱いたため)のジャージ姿で一人乗り込んで涙を流しつづける姿は、他の乗客にはどのように映ったのだろうか…?(苦笑)